愛と平和とフランス語

還暦でDALF C2・35歳から趣味で始めたフランス語が私のエネルギー源。        学習記録&本・映画・社会問題のあれこれを綴っています。

パリひとり旅日記番外編ー教会の演奏会、映画、食事、その他

メインで書きたいことは「その10」までで終わりました。

 

あとは、これから書く「番外編」と、その次の「総括」で締めくくりたいと思います。

 

 

教会での演奏会

私は普段から音楽をかけておく、というタイプではありませんが、演奏会で生の音楽を聴くのは好きです。

 

パリ滞在中は、2回演奏会に行きました。

 

ネットからも見られるようですが、私はこちらの冊子を買いました。

 

映画、劇場、演奏会、さまざまな情報を見ることができます。毎週水曜発行。

 

 

St.Eustache(サン・トゥスタッシュ教会)で無料のパイプオルガン演奏会。

 

 

写真下手でごめんなさい。壮麗で美しい教会です。

 

巨大なパイプオルガンで有名で、モーツァルトもここで演奏したことがあるそうです。

響きは素晴らしかったのですが、バッハも他の現代ぽいものも、同じトーンで弾くので、耳が疲れてしまった・・・。今度は有料の演奏会にしてみよう、と思いました。

 

 

それから数日後、ソロヴァイオリンの演奏会。アパルトマンすぐ近くのサンジェルマンデプレ教会にて。

20時30分からなのに、まだ明るい。

 

 

素晴らしい演奏だった。バッハ堪能。心身が洗われる気分です。

現金で30ユーロ。帰国間近でちょっときつかったけど、行ってよかった。

 

 

ということで、なんだかんだと現金は必要なので、もっとユーロに変えておいたほうが安心だったな。今回は、現金400ユーロだけだったから。

 

 

映画

映画も見たいと思っていて、前出の冊子で調べたら、なんと、伊藤詩織さんのブラックボックスダイアリーズが上映されていた!

 

 

こういう小さな映画館があちこちにある。そしてどこも同じじゃなくて、それぞれが選んだものを上映している。

 

 

15~6人は入っていました。フランスでこれだけ入るのはなかなかじゃないでしょうか?

日本で上映できないとか、おかしいでしょ!?

 

 

本当は帰国する日にもう一本見るつもりだったのですが、カフェで読書をしてしまった。あれも見ればよかったな、どの程度理解できたか、怪しいけど・・・。

日本公開されることを期待してる。この映画です。

 

www.youtube.com

 

 

食事

食事には極力お金をかけないようにしました。

新鮮で安全な食べ物であればそれで満足だし、たくさん食べられないほうなので。

 

 

これが滞在中食べた一番高いメニュー。^^"

オニオングラタンスープと白ワインで26ユーロ。現在1ユーロが160円前後ですので、これだけで(あと、フランスパンは付いてきます)4000円くらい。

ガイドブックに載ってたお店、たまたま通りかかったので入ってみたけど、オニグラ、塩分強い。サービスも、一人が担当するんじゃなくて入れ替わり立ち替わりだから、チップも置かなかった。

 

 

こちらが22ユーロ。私にはこれで十分の量です。

 

 

こちらは図書館のカフェで。

パンに野菜の水分染みちゃって、あまり美味しくない。

 

だから、その後はたいてい自分で作ってどこかのベンチで食べてた。

 

 

日本からはインスタントラーメンとお米2合、海苔、レモン汁、塩、梅干しと紫蘇だけ持っていった。

ラーメン丼がなかったから、お鍋から直接食べた。

 

 

ある日のお弁当。

 

 

とってもみみっちい話ですけど、ラーメンのつゆを捨てないでとっておいてお雑炊に。

茅乃舎のラーメンでしたから、だし汁がおいしいんです。

 

 

朝と夜はだいたいこんな感じ。ワイングラスがないのが残念だった。(朝はワイン飲みませんよ。)調味料はバジルオイルだけ買い足し。

 

 

 

その他

Chantelivre(本屋さん)を出たところで、たまたま見つけたお店。

 

宝箱のように美しい食器や調理器具たちが所狭しと並んで(積み重なって?)います。

 

私は紅茶の茶漉しとこちらのカップを買いました。

私がこれを選んだら、店主さんが「サンぺのイラストよ!」というので、「はい、知っています、映画も見ました」と返したら、とっても嬉しそうでした。

 

 

帰ってから気がついたのですが、このお店のオリジナルだったみたい。





最後の写真はメトロの階段。こんな遊び心、好きだわ。

ーさあ出発

ーがんばれ

ー健康にスポーツもいいけど電車に乗るのもいいじゃない

ー体が喜んでるよ

ーあともう少し!

ーよく頑張りました

 

 

 

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パリひとり旅日記その10ー購入した本・素敵な本屋さん

パリの何が楽しいって、本屋さんが至る所にあること。

 

あまり説明加えずに、バンバン写真載せちゃいます。

 

こちらはリシュリュー図書館近くのヴィヴィエンヌ通り入り口にある本屋さん。

 

 

 

店主のおじさま、すごく親切でした。

入店する時には、Bonjourと挨拶し、写真も撮っても良いですか?と尋ねています。

 

 

こちらはアパルトマン近くのカフェ併設の本屋さん。このすぐ近くに、私がバンジャマン・ラビエの版画を買ったお店があります。

 

 

これは別の本屋さん、古本も並べてあります。

 

 

セーヌ川沿いの古本屋さん。

 

 

これはどこだったかな?とにかく本屋さんが多い!

 

 

こちらは歩いて10分程度のところにある本屋さん、ここも素敵だった。広い!

 

店員さんが3〜4人いて、本探しもきめ細やか。

 

 

 

写真をあげた以外にも、まだまだたくさんの書店がありました。

 

店舗の規模に関わらず、それぞれ外から見えるように、ウインドーに素敵に本がディスプレイされていて、ついつい引き寄せられてしまいます。

 

 

そして、サガンの「悲しみよこんにちは」のような昔から読まれている本も普通に平置きになっていたり、ゾラが中古で売られていたりと、バリエーションも豊富です。

 

 

日本だと、小さな本屋はどんどんなくなり、街を歩いていて、個性的な本屋さんを見つけてワクワクするなんてこと、東京でもほとんどありません。

 

大店舗は画一的ですし、しょうもない新刊本ばかりが出されては消えていく。

 

 

私の住んでいる街なんて、そもそも、本屋さん、ありませんから。

 

 

若い人たちが書物を目にする機会がほとんどないというのは、彼らにとっても日本の未来にとっても大きな損失ではないでしょうか?

 

 

日本とフランスの大きな差を見せつけられたような気がしました。

 

 

今回買った本たちです。荷物が重くなるし、円安で出費もきついので、我慢してこれだけに抑えました。

 

 

子供にデモクラシーとは何かを解く上記の本は、こちら↓国民議会のブティックで買いました。

 

 

 

帰国する日。飛行機の便が夜だったので、たまたま見つけたブックカフェでお茶。

 

台湾の女性が2ヶ月前にオープンしたお店。こんなとこ見つけられて、ラッキー!

 

で、結局ここでも一冊買ってしまった。

 

日本の画家さんが、フランスの美術館で絵の世界に入り込む、不思議なお話し。

 

買ってきたものの中で、まだ2冊しか読めてないので、ブログもひと段落したことだし、これからガンガン読みたいと思います。

 

 

ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

 

と言いながら、近々番外編、書く予定です。

 

 

 

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パリひとり旅日記その9ートラブル2:鍵が開かない!

連日更新してすみません。読んでくださる方も、そろそろお腹いっぱいかと思いますが、このブログ、あくまで自分自身のためでして、早く記録しておかないと、忘れてしまうし、写真の整理もしたいものですから。

 

 

旅行中、さまざまなトラブルに見舞われましたが、今回は、アパルトマンの鍵、の件。

 

 

まず、鍵の仕組みから説明します。

 

 

6階建ての5階にある部屋を借りました。その建物にはまず、道に面して第一のドアがあります。

 

それを開けるために、貸主から教えてもらっていたコード番号を入り口で入力します。

 

 

第一のドアを開けると、もう一つドアがあります。

 

 

それを開けるためには、5階の部屋の鍵についていた、薄くて丸いプラスチックのもの(beeper=ビーパーというそうです)を、第二のドア前の黒くて丸いものにかざします。

 

 

そうすると、磁石が作動するのか、カチャッとドアが開く仕組みです。

 

 

そこから5階まで螺旋階段を登り、自分の部屋のドアに、鍵を差し込んで開ける、という仕組みです。

 

 

その、第二のドアの、磁気が弱くなっていたのか、なかなか作動しないことがありました。

 

 

それでも、何度かかざすと開いていたのですが、ある時、30分以上、何をどうしても開かないことがあり、ほとほと困ってしまいました。

 

 

貸主には、何かあれあWhatsAppで連絡をするように言われていて、急遽向こうに行ってからダウンロードしたのですが、私のスマホwifiじゃないと使えないし、WhatsAppの使い方もよくわからない。

 

 

誰か別の住人が来れば一緒に入れるんだけど、それもない・・・。

 

 

その日は一旦帰ってから、また出かけようと思っていたので、なんとしてもドアに開いてもらわないと困る・・・。

 

 

私は一つ目のドアの前に立ち、誰か通りかかるのを待ちました。急いでそうな人や、旅行者じゃダメだ。ドアの中に入ってもらうんだから、怪しげな人もダメ。

 

 

ちょうど、優しそうな若者が通りがかったので、勇気を出して、

Excusez-moi Moussieur, pourriez-vous m'aider ?  (すみませんが、助けていただけませんか?)

 

と声をかけました。

 

 

事情を説明すると、快く入ってくれて、彼もビーパーをかざしたけど、やっぱり開かない。

 

 

そこから、パリ住まい事情に詳しいのであろう彼がしたことは、私が何階に住んでいるのかを聞き、ビーパーの上のインターフォンから、「4F(フランスの4階は日本の5階)」のベルを鳴らしたのです。

 

 

でも、部屋には誰もいないんだけどな・・・と思っていると、なんと、ベルを鳴らしながらビーパーを当てたら、ドアが開いたのです!

 

 

こんな裏技があるんだ!助かった〜。

 

 

声をかけるまでは、ナンパだと思われたらどうしよう・・・とかいろいろ考えたけど、思い切って頼んでよかった〜。

 

 

その後はこの方法でなんとか上手くいったけど、それでもダメなことがあって、その時は15分くらいしたら、別の階の人が帰ってきたので、その人の鍵で開けてもらったことも。

 

 

私の部屋の鍵も回し方によって開かないこともあって、10分くらい奮闘した末、ふとした拍子に開いたとか、たまたま隣の部屋の人が出てきたので助けてもらったりとか。ほんとに大変だった。

 

 

鍵以外でも、Pourriez-vous m'aider ? は、その後も何度か使うことになりました。^^

 

 

 

例えば・・・

 

ウインドーに素敵な版画。



私の好きなフェリックス・バロットンのもある。

 

その隣に置かれていた、この、動物モチーフのも可愛い!

 

 

他にもあるなら見せてほしい、と思っておそるおそる店内へ。

 

 

「バロットンと、その動物モチーフのバンジャマン・ラビエの作品は店頭にあるだけだけど、ネットから取り寄せもできますよ」、と言って、パソコン画面からたくさん見せてくれました。

 

その中で気に入ったこちらを注文して、滞在最終日前日に取りに行くことになったのですが、行ってみたら、ドアに張り紙がしてあって、「店の裏にいるので、お客様はこちらの番号に電話してください」と。

 

 

でも、その手書きの数字が、読めない!向こうの数字の書き方は、独特なんです。

フランス語で電話して、間違い電話とか、最悪だし・・・。

 

 

そこに通りがかったおじさまにお願いして、数字、読んでもらいました。

 

 

たまたまかもしれないけど、私が助けを求めた皆様、本当に親切で、ありがたかった。

 

 

たくさん親切にしてもらえたので、私も恩送りをしなければ、というか、自然と、困っている人に目が行くようになりました。

 

 

バスに乗ろうとしているママのベビーカーを一緒に抱えてあげたり、階段一緒に登ったり、バスでは席を譲ったり。

 

 

 

トラブルがあっても、いいえ、トラブルがあるからこそ、旅は楽しい・・・のかも。

 

 

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パリひとり旅日記その8ー美術館

今回の滞在では5つの美術館を訪れました。

 

・Musée Cognacq-Jay(コニャック・ジェイ美術館)

・Musée Jacquemqrt André(ジャックマール・アンドレ美術館)

・Musée d'Art Moderne de Paris(パリ市立近代美術館)

・Musée de Monmartre(モンマルトル美術館)

・Musée Marmottan Monet(マルモッタン・モネ美術館)

 

 

Musée Cognacq-Jay(コニャック・ジェイ美術館)

サマリテーヌ(デパート)創始者のアルネスト・コニャックとその妻ジェイが、特に18世紀の美術品にこだわって集めたものを市に寄贈し、この美術館は作られました。

 

ヴォージュ広場に近く、便利な場所にありながら、市立なので入館料無料!

 

 

コニャックさん。12歳で孤児となり、学校も辞めて、パリで物売りをしながら身代を築いたそうです。

 


家具や絵も素晴らしいですが、夫妻は特にマイセンの置物、ミニチュアなどに特にこだわった収集家だったそうです。

 

綺麗!ほしい!!

 

 

Musée Jacquemart André(ジャックマール・アンドレ美術館)

こちらは銀行家のアンドレと妻で画家のジャックマールが収集した美術品が、彼らの邸宅に展示されている等、豪華な美術館です。

 

何から何まで豪華。

 

この美術館では、夫妻のダイニングルームが、今はカフェとして使われています。私も入ってみました。

 

女性同士のグループやカップルなど、お客さんたくさん。一人で来てる人なんて、私くらいなものでした。

 

隣のテーブルの女性陣は豪華なパフェを食べていましたが、何もかも高い!私は歩き疲れて喉も乾いていたし・・・ということで、ビール一杯だけで我慢しました。^^"

 

 

それにしても、私には、何もかも豪華すぎて落ち着かない。

 

 

Musée d'Art Moderne de Paris (パリ市立美術館)

ここも市立なので基本無料。

 

 

エントランスが広くて、若者がスケボーしてた。

 

 

でも、特別展でマティスが娘さんを描いた作品の展示が開かれていたので、そちらも入ってみました。

絵から娘さんへの愛情が伝わってきて、グッときてしまいました。

 

 

でも、なんといっても嬉しかったのは、藤田の作品(この一点だけ!)が見られたこと。

この乳白色が、当時の人々の注目を浴び、Foujitaの代名詞にもなったくらいなのです。深く、迫力のある白。

 

ちょうど今、東京のSompo美術館で藤田嗣治の展覧会が開かれていますよね。いくつもりです!

 

 

あと、モディリアニのこの作品、生で見たのは初めて。

 

 

Musée de Monmartre(モンマルトル美術館)

最初、この美術館は行く予定ではなかったけれど、救世軍のボラに行く予定の日、地図を見てみたら、近くだったので行ってみました。非常によかった!

 

サイズ感、展示作品、カフェ、全部私好みでした。

 

サクレクール聖堂の近くなんですが、道に迷い、階段を登ったり降りたり。

 

建物はこじんまりしていますが中身が濃い。

 

17世紀に建てられたモンマルトル最古の邸宅だそうです。1875年からの2年間、ルノワールが住んでいました。

 

 

その他、ユトリロ、デュフュイなど19世紀の芸術家がこの家に住み、交流の場となっていたそうです。そして、シャノワールに代表される19世紀のキャバレー文化を垣間見ることのできる作品が展示されています。

 

 

 

キャバレー文化を語るこのパネルの中で、「ここで初めてピアノ演奏が警察から許可された」と書かれています。エリック・サティクロード・ドビュッシーもここで自分の曲を演奏したと。

 

 

当時のワインメニュー。ソムリエの次男に写真送ったら、「これは貴重だね!」と喜んでもらえた。

 

他にも個性的な作品がたくさんあったのですが、写真が下手で、載せられません。やはり他の人も見ている中で、じっくりカメラを向けるのも気が引けて、ささっと撮っるものですから・・・。

 

 

ここのカフェが気持ちよくて、とっても気に入りました。キッシュやサンドイッチなど、軽食がいただけます。

 

 

 

Maximilien Luceの特別展も開かれていました。本当に充実した美術館です。今回、一番気に入ったかも。

 

 

 

「私は自然と村、光と色に集中して描いている」

アナーキストでもあったようです。そのため「無実だったのに、42日も牢屋に入れられた」と。

 




Musée Marmottan Monet(マルモッタン・モネ美術館)

ここは2回目の訪問です。前回の旅行の時にとっても気に入ったので、また行ってきました。

 

ラフォンテーヌの像があるラヌラグ公園を通ります。

 

名前の通り、主に、モネの作品を展示しているのですが、今回はモネの師匠であったユージェヌ・ブダン(Eugène Boudin)の作品展が開かれていました。

 

師匠であり、「印象派の父」と呼ばれているそうなのですが、私は今回初めてその名を知りました。

 

屋外の情景を描くことにこだわり続けた画家だったそうです。

来る日も来る日も外に出て、描き続けたんですね。ものすごいこだわりを感じます。

 

 

こちらはモネ。

 

 

 

ベルト・モリゾ

 

 

その場で解説を読むのも疲れてしまったり、時間がなかったりで、写真に収めたので、これからぼちぼち読み直そうと思っています。

 

 

私はアートに詳しいわけでもなんでもないけれど、やっぱり美しいものを見たいし、人が、情熱を傾けたもの、その人が見て感じ取ったものを、を何十年も経って今見せてもらう、それって尊いな、と思う。

 

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パリひとり旅日記その7ーペール=ラシェーズ墓地をフェミニズムの視点で巡る

5~6年前からHugoが運営するInner Frenchのポッドキャスト(無料)を聴き始め、有料のコースも二つ終了しました。

 

Cours innerFrench – Apprendre à penser en français

 

その一つが昨年1月に受講したLes Visages de Parisというコース。

 

 

パリに関して、街づくり、自転車、教育、演劇などさまざまな分野で活躍されている方へのインタビューで構成されていて、非常に興味深いものでした。

 

 

で、今年になって、そのコースに新たなインタビューが追加されたのです。それが、Feminists in the Cityを運営されているJulieさんのものでした。

 

www.feministsinthecity.com

 

なんというタイミング!すぐに詳しく調べて、たくさんある活動の中からペール=ラシェーズ墓地で眠っている女性たちを紹介していく墓地ツアー(Terreur féministe au Père Lachaise)に参加することにしました。

 

 

 

11時からの2時間コース。遅れたら大変、そして、途中でトイレに行きたくなったら困る、ということで、少し早めに到着して、ペール=ラシェ前のカフェで開始までの時間を過ごしました。

 

 

店主のおじさま、とっても感じよくて落ち着けるカフェだった。私はエスプレッソしか頼まなかったけど、朝食が8.5ユーロ(今の換算で1,360円)、ランチだと2,500円くらいになる。高いよな〜、てか、円弱すぎ!

 

 

 

こちらがペール=ラシェーズ墓地。

中はとてつもなく広いです。一人だったら絶対迷子になる!!

 

 

左肩に白いバッグを下げている方がガイドさん。2時間なにも見ずに立板に水のごとく故人の説明が簡潔になされる、すごいです。

参加者は十人ほどでした。

 

 

残した功績に比して世間の注目が少なかった10人ほどの女性たちのお墓を巡りました。

 

その中では、コレットは有名ですが、一般にはそう知られていないかもしれないですね。

 

 

こちらは画家のマリー・ローランサンのお墓。

 

日本が一番多く彼女の作品を入手しているのだそうです。だから、私たちは何かの機会に、たいてい、彼女の作品を見ていますよね。

 

お墓はこのように質素です。

 

詩人のアポリネールと恋仲であったけれど、彼のアルコール依存と暴力で、離れてしまったという話があります。その時の失恋の悲しみをうたったのが、Le Pont Mirabeau (ミラボー橋).

 

 

余談ですが今回、ミラボー橋で、この詩を読んできました。

 

 

美しい橋ですね。

図書館で読んだMadelein Riffaudの本の中で、拷問を受けている時、この「ミラボー橋」を口ずさんで耐えた、というシーンが出てきます。色々繋がる今回の旅です。

 

 

さて、ペール=ラシェーズに戻ります。

 

 

他は、ほとんど名前も知らない女性たちでした。その中で特に心に残っているのは、Gerda Taro。ドイツ人の報道(戦争)写真家です。

 

亡くなる4年前からパリに居を移していました。スペインの戦場で撮影をしている時、戦車に轢かれて26歳で亡くなりました。

 

死後のネガから、彼女の仕事は再評価されたということです。

 

ロバート・キャパとは相棒のような中で、彼の名前を考えたのも彼女だそうです。

 

 

他にも全然知らなかった女性たちの足跡を知ることができ、とても興味深いペール=ラシェーズ墓地散策となりました。

 

 

参加後は、それぞれの人物に関しての情報(ラジオ番組や記事)などがのリンクが送られてきて、アフターフォローもバッチリ。

 

 

 

バルザックさんにもお目にかかりました。

 

 

アウシュビッツを記憶に刻むモニュメント

 

 

こちらは、外の壁。大戦で亡くなった子どもたちの名前が刻まれています。

 

 

今度またパリに行く時は、別のコースにも参加してみたいです。

 

 

 

パリひとり旅日記その6ーデュマの家・ゾラの家

私の少ないフランス文学体験の中で、一番面白いと思った作品が、デュマのモンテクリスト伯です。最初に読んだのは20年近く前。もちろん、日本語で。

 

何度か映画化されていて、直近でも、ピエール・ニネが演じていますが、私は、どんな作品に仕上がろうと、この物語は本で読むことをお勧めします。

 

 

そして、フランス語で本が読めるようになってから開眼したのがゾラの文学です。とはいえ、ほんの数冊しか読めていませんが・・・。とにかく著作量もすごいし、ルーゴン・マカール叢書が示す系統だった遺伝・家系の研究、人間観察力に驚き、徐々にファンになっていきました。

 

 

ということで、今回はこの二人の作家が過ごした家の訪問記となります。それぞれの家に行く前に立ち寄った素敵なところもご紹介します。

 

 

最初に断っておきますが、今回の「その6」と〜〜っても長いです。自分自身が思い出すために写真もたくさん載せたので。

 

 

サンジェルマン教会

パリのサンジェルマン教会ではなく、デュマの家に行く途中のサンジェルマン・アン・レにある教会です。ルイ15世の時に、威厳を示すために建て替えられたもので、1829年に完成しています。ですので、柱が太く重厚で、ステンドグラスもモダンな感じがします。

 

 

 

この日は休館で入ることはできなかったサンジェルマン・アン・レ城の隣には気持ちの良い庭園が広がっています。ここで地元のお爺さんと少しお喋りしました。

「ここはいいとこでしょう? 美術館はどこが好きなの?」などなど。

 

 

一段下には葡萄畑(ですよね、これ)が広がっていました。お爺さんに確かめればよかった。




デュマの家

正式にはChâteau de Monte-Cristo(モンテクリストの城)です。

www.chateau-monte-cristo.com

 

サンジェルマン・アン・レの駅からバスで10分ほど。

 

 

鬱蒼としています。

 

 

こちらは別館。中へは入れませんでした。cabinet de travailということで、中を覗くと書斎のような感じで、本がたくさん置いてありました。

 

 

こちらが本館。

 

チュニジアから職人を呼び寄せて作らせたというアラビア風の部屋。

 

こうやって見る分にはいいけど、この贅沢のため、デュマは債権者に追われる身となり、館の完成2年後には、破産してしまったそうです。

 

 

家系図、見てください!奥さんの他に五人も愛人の名前が!!

 

 

 

狩と料理にも情熱を注ぎ、多くの客人をもてなしていたようです。破産しても、なんだか憎めない人ですね。人を喜ばせることが好きだったんでしょうね。

「自分の作家としての最後は料理本で締めたい」、と書いていたごとく、「料理大辞典」が最後の仕事となりました。完成させる前に病で亡くなり、その後を、アナトール・フランスが引き継いだと書いてあります。

 

「私の著作は15年〜20年で忘れられるとしても、料理は子供達に受け継がれるだろう」

 

いえいえ、著作もずっと読み継がれていますよ!

 

 

ゾラの家とドレフュス博物館

ゾラの家への行き帰りが大変だったことは↓こちらの通りですが、それ以外は天気も良く、掲載したい写真もたくさんですので、長くなりますが、どうぞお付き合いください。

 

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この時はまだ、その後の大変な展開を想像だにしておらず、時間にも余裕があったので、ポワシー駅で散策などしておりました。

 

 

なんだかんだの後、無事に到着。こちらは館内ツアーに参加しました。

 

 

 

室内は美しいけれど堅実な雰囲気が漂っています。

ゾラは、この家を予算に合わせて少しずつ広げていったそうです。

 

 

 

自分で演奏することはなかったけれど、音楽は好きで、音楽家との交流もあったそうです。どうやって壁にくっつけてあるんだろう、聞けばよかった。

 

日本や中国の陶器・磁器などもありました。こういうところで見かけると、なんだか嬉しいですね。

 

 

ここで他の作家たちとも食事をしたとか。モーパッサンもこのダイニングで一緒に食事したんですね。




これが、ゾラ様が数々の作品を執筆なさった机!部屋もずいぶん広くて、逆に集中しにくいんじゃないだろうかと、ど庶民の私は思ってしまったけど、あれだけの作品群を見たら、そんな考え余計なことですわね。

 

この部屋で、毎日必ず50ページ書くことを自分に課していたそうです。

 

この書斎から見える風景。

 

 

今でも十分使えそうな水回り。

 

 

デュマとは対照的に、家の建設に関しても堅実なゾラ。

ですが、ゾラが若い女中さんと恋仲になり、子供を二人もうけたという話にはびっくり。奥さんとの間には子供がなかったのですが、後に、それがわかった時、奥さんは苦渋の中、認めたそうです。

 

妻の立場とすれば、5人愛人がいるとなると、なんか、諦めもつく感じがしますが、ゾラの奥さんの立場はちょっと辛すぎ・・・。

 

 

このゾラの邸宅の隣にドレフュス博物館が併設されています。

 

ユダヤ人であることで、国家機密漏洩の罪の濡れ衣を着せられたドレフュスを公に擁護したのがゾラです。そのため彼は一時イギリスに亡命しています。

 

 

必死でガイドさんのフランス語を聞いていたら、ちょっと疲れてしまって、一人行動のドレフュス館の方は後から説明文読もうと写真に撮ったのに、小さくてよく見えない。

 

↓こちらに書いてあるように、ゾラはドレフュス擁護の姿勢に見られるように、社会正義を貫く作家であったため、しばしばマスコミの攻撃にさられてていました。ですので彼を揶揄する記事のように見えます。

 

 

⚪︎ちょっと面白い表現

avaler un crapaud : 辛いこと・屈辱的なことを耐え忍ぶ

crapaud(ヒキガエル)を飲み込むって、どういうこと?と思ったら、そういうことでした。^^

 

www.maisonzola-museedreyfus.com

 

 

それにしても、どちらも美しい邸宅でした。

これからデュマとゾラの作品を読むときは、あの家が頭に浮かびそうです。

 

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パリひとり旅日記その5ー救世軍のボランティア活動

今回の旅でやりたかったことの一つが、ボランティア活動です。

 

 

Laetitia ColombaniのLes Victorieusesという本の中で、仕事と私生活でのつまづきから鬱になってしまった主人公のソレーヌが再生のために、女性会館でボランティアをするという話を読みました。

 

 

その施設は実際にパリに存在します。

作家であるコロンバニ(Colombani)があるとき、散歩していて見つけた施設で、これはなんだろう・・・と調べてみたところ、それは100年前に救世軍の幹部であったブランシュ・ペイロンが、窮状にある女性たちのために開館に尽力した、という逸話を知ったところから、それと現代のソレーヌの話を交錯させた物語が紡がれたのです。

 

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私はこれまで、数回パリを訪れていますが、辛いのは、ホームレスが多いこと。見るだけで辛い。

 

 

しかし、パリだけでなく、日本でも貧困化が進んで、ホームレスにまでならなくとも、苦しい生活を強いられている人々がいる。そんな中、たとえ、ケチケチ旅行であったとしても、日本からパリに行くことのできる自分は本当に恵まれています。

 

だから、たとえほんの少しでも、たとえ気休めに過ぎないとしても、まず、何かしたい、そう思って、救世軍(l'Armée du Salut)のホームページを見てみました。

 

 

www.armeedusalut.fr

 

 

上記ページのj'approte mon aideをクリックするとさまざまな種類の、スポット的にできるボランティア活動一覧を見ることができます。

 

 

そこから自分ができそうな活動を調べて、空いていれば予約します。継続的でなく、私のような旅行者がテンポラリーでする活動としては、料理や食べ物の配布などが多いようです。

 

 

今回私は3種類のボラに参加しました。ボラ中の写真撮影は厳禁ですので、どんなことをしたのか、簡単にまとめてみます。

 

 

内容

活動場所は、パリ市内何ヶ所かにある救世軍の事務所のようでした。

 

 


1. 8h30~12h 朝食配布:登録している利用者さんがお盆をもって並ぶので、その前に準備しておいたバターやジャムを挟んだバゲット、ヨーグルト、コーンフレーク、ゆで卵、フルーツ、飲み物などを、希望に応じて載せていきます。

 

2. 13h45~17h 調理の下拵え:野菜を刻んだり、それをレトルトパウチしたり。

 

3. 17h45~20h45 夕食を食べにきた利用者さんに、温かい料理を提供する。お盆に乗せたセットのお料理を運び、コーヒーや紅茶などをお出しする。

 

1回目と、2、3回目は違う場所でした。

雰囲気

各回とも、担当スタッフやボランティアのメンバーは違いますので、3回とも新しい方と出会いました。

 

ボランティアは、「3回目です」という方もいれば、ちょっと年配の方で、「2年前から毎週水曜日のこの時間だけ来ている」という方、私のように「今日が初めてです」という方と、さまざまです。

 

 

肌の色もさまざま。言葉のアクセントもさまざまで、指示が聞き取れないこともしばしば。

 

アクセントとは関係なく、3回目のボラの時は、スタッフのフランス人の話す速度が早くて(フランス人の普通)、75%くらいしかわかりませんでした。でも、他の人がすることを見ていると、だんだんわかってくるし、わからなければ、もう少しゆっくり話してくれる人に確認したりしながら乗り切りました。

 

 

利用者さん

貧しい身なりをした人たちがたくさん訪れるのかと思っていたら、ごく普通の身なり、若者も中年、ご年配の方、ご夫婦、親子と、さまざまでした。若い女性は少なかったな。どうしているんだろう・・・。

 
出来事

①2回目の時は、古株のボラさんが、けっこう早口&強アクセントで、しかも切る野菜は山ほどで、ちょっとビクビクしてしまいました。

 

そんな中、スタッフの男性が、「どうしてこのボランティアに?」と聞いてきたので、ラティシア・コロンバニの本を読んで・・・という話をしたのですが、その時、何年か前に見た、寒風の中、毛布を体に巻いて、裸足で震えている浮浪者さんを見たこと、何もできなかった(しなかった)ことを思い出し、ふと、涙が溢れてしまいました。

 

私、連日動き回って、ちょっと疲れてもいたのかもしれません。

 

そんな私を見て、年配のボラさんが「あらあら、この玉ねぎ、きついみたいね〜」と助け舟を出してくれたり(ちょうど私は玉ねぎ切りまくっていました)、質問してくれたスタッフさんは、ティッシュを持ってきてくれて、「ちょっと休んでいいよ」と言ってくれたりして、みなさんの優しさに、さらに泣けてしまうボラ初心者の私でした。

 

 

②3回目の、食事の配膳は、時間帯によっては一度に利用者さんが押し寄せるので、怒涛の忙しさ。

 

最初に配膳した時、ベテランボラさんに、「置くだけじゃなく、コーヒーか紅茶があるから、それ出してあげて」と言われたので、「コーヒーか紅茶飲みますか?」とその都度聞いていたら、人によって、「コーヒー、砂糖だけ入れて」とか「紅茶、砂糖、ミルク入りで」とか、二、三人に違うこと言われて、61歳の私の頭はパンク寸前!

 

それでも、額に汗してかけずり回っていたら、利用者の女性に、merci, jeune fille !(お嬢さん、ありがとう)と言われてしまった!喜んでいいのやら、嘆いていいのやら・・・。

 

 

で、その後、スタッフ長に「あなた、一人一人に聞いてお茶出してたけど、あれ、しなくていいのよ。自分で取りにいってもらうのよ」と、全てが終わってから言われた。

 

多分、私が必死すぎて、声かけられなかったのね。そして、最初の指示を、私が間違って聞いてしまったんだと思う。

 

聞き取り力のなさを痛感。

 

 

③3回目の、食事配膳ボラの時、利用者の男性に、マダム、と声をかけてしまった!で、よくよく見たら、男性だったので「あ、ごめんなさい、ムッシュー!!」と言ったら、周りは爆笑だし、本人は「いいよいいよ、よく、間違われるから」とか飄々としてて、私も笑ってしまった。

 

 

総括

コロンバニの小説にもあったのですが、自分が何かしたい、と思って参加したのに、なぜか自分が癒やされている、というか、少しでも役に立たせてもらえて嬉しい、という、感覚になりました。

 

次回行く時は、もう少し回数を増やして、同じ活動を継続してみたいと思いました。他のボランティアさんの話も聞いてみたいし。とにかく、その時は忙しくて、おしゃべりするような時間はなかったし、私自身、相手の話を聞き取れる自信がなかったので、遠慮がちになってしまいました。時間はそこら辺を克服しておきたいです。

 

 

また、この気軽に、たとえ旅行者だとしても、ボランティア活動に参加できるシステムは非常に良いと感じました。日本にも、こういうの、あるのでしょうか?東京だとあるのかな?

 

 

こちらが、コロンバニが散歩中に見つけたという、女性会館の建物です。(ボラ活動は別の場所で行われます。)後日、ただ、この建物を見るためだけに行ってきました。

 

 

 

この建物を見ながら食事。焼き野菜の上に春巻きのようなものが乗ったサラダ。それとパナシェ(ビールのレモネード割り)。

 

この界隈は、マグレブ料理のお店が多かった。地元の人もふらっと立ち寄っていた。私、観光地の、洒落たカフェより、こういう普通のところが好きだな。

 

 

フランス語を通して広がる世界が嬉しい。

 

francemonamour.hatenablog.com